「星野くんの二塁打」って? 「道徳」の授業って必要なの?

「星野くんの二塁打」って知っていますか?

私は全く知りませんでした。

どうやら、かなり昔から学校教育の「道徳」の科目の中で使われてきた児童文学だそうです。最近の「道徳の教科書」にはしっかりと掲載されているとか。


同調圧力 (角川新書) 新書 

望月 衣塑子  (著), 前川 喜平 (著), マーティン・ファクラー  (著)

こちらの本の中で、前川 喜平さんが「星野くんの二塁打」について言及しておりました。

この「星野くんの二塁打」どんな内容かと言いますと、以下の記事に簡単に説明があります。

星野君の二塁打」削られたセリフ 作者が本当に伝えたかったこと…

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ピッチャーの星野君は同点で迎えた最終回、監督から、先頭打者を「バントで二塁に送れ」と命じられた。納得はできなかったが、監督の命令にそむくことはできない。バントのつもりでバッターボックスに入ったが、姿勢を少し変え、二塁打を打った。この一撃が勝利を決定的にし、チームは選手権大会への出場を決めた。

 翌日、監督が選手たちを呼んで話した。

 「僕が監督になったとき、相談してチームの規則を決めた。いったん決めた以上は、厳重に守ってもらう、チームの作戦として決めたことは、服従してもらわなくてはならないという話もした。だが昨日、僕は面白くない経験をした。僕は、昨日の星野君の二塁打が気に入らないのだ。チームの統制を乱したことになる」

 チームメートが助け舟を出したが駄目だった。「いくら結果が良かったからといって、ルールを破ったという事実に変わりはない。チームの統制を乱した者をそのままにしておくわけにはいかない。僕は今度の大会で星野君の出場を禁止したいと思う」

 星野君はじっと涙をこらえていた。

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その他、参考記事

ヒットを打ったのに処分? 「星野君」の罪と罰を考える


この「星野くんの二塁打」は戦後間もない頃に作られた作品とのことで、きっと今とは全く違う状況や価値観であったと思います。

戦後、何もない日本からどのようにして復興していくのか、そのために日本人は一丸となってチームとして頑張ろう、そんな思いが、この作品にあるように感じます。

しかし、今となっては複雑な気持ちが込み上げてくるお話です。

同調圧力による隠蔽やらイノベーションの排除や、無意味な慣例ルール常態化などなど。

ものすごく「日本的な謎のもの」を感じてしまいます。

これを道徳の教科の中で扱う理由は何なのでしょうか?

さすがに、先生も、この物語を読ませて、

「ルールは絶対だ」(この場合、ルールというか監督の命令であってルールでも何でもないと思うんですが、、)とか、

「組織を守るために服従をするのが絶対です」ってことを押し付けるような単純な授業をする訳ではないと思います。

この物語を読んで、皆はどう思うのか議論してもらう、というのが良くありそうな授業内容でしょう。


でも、それをなぜ「道徳」でやる必要があるのでしょうか?

そもそも「道徳」って学問なんでしょうか?


意見の違いが起こりそうな問題や、このような「星野くん〜」のお話を、たとえば「ディスカッション」の授業で扱って議論する、というのであれば、とても面白い授業になるだろうなと感じます。


日本の学校教育に必要な教科は「道徳」ではなくて

「ディスカッション」なのではないでしょうか。


たくさん学んでも自分の意見も伝えられない。そもそも自分の意見がない。

議論の仕方がわからない。他人の意見を聞けない。

それでは「学ぶ意欲」も湧かないです。

議論を取り入れた学びをすることで理解や興味がさらに広がります。

そんな経験ができる機会を、私はもっと子どもの頃から得たかったと本当に思います。


道徳教育ではなく、ディスカッションの授業を必須にしてほしいです。

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